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食の分野

栄養学科

[栄養士養成課程]

「栄養士は光ってなきゃ」暮らしを支える先輩 短大家政科卒業の土居さんのお話(後編)

2014年01月29日栄養学科

「栄養士は光ってなきゃ」暮らしを支える先輩 短大家政科卒業の土居さんのお話(後編)


昨年秋に厚生労働大臣表彰を受賞した美作短期大学家政科(食物課程、栄養士課程)を昭和40年3月に卒業された土居 匡子さんは、短大や務めていた津山高専のお話に加えて、栄養士会のお話もしてくれました。(前編からのつづき)

地域を支える栄養士のネットワーク「栄養士会」

土居さんの写真
社会に出ると、ひとりではどうしても出来ないことにぶつかります。
技術、知識、ノウハウなど様々なことを一から知るにも困難な職種です。

そこで加入した「栄養士会」の仲間のみなさんや先生方がずいぶん助けてくれたと土居さんは言います。
栄養関係のあたらしい情報もほとんどがこの栄養士会の情報交換会や会議、講演などで得られたものだったそうです。

組織としては、大元の公益社団法人「日本栄養士会」に所属する都道府県栄養士会のひとつ「岡山県栄養士会」があり、この美作大学や津山高専がある津山市の栄養士会は、11の地域支部のなかの「津山支部」になります。ここに籍を置き、土居さんは社会に出てからも学んできたそうです。

また栄養士会は、「学校健康教育栄養士」「研究教育栄養士」「地域活動栄養士」「集団健康管理栄養士」「病院栄養士」「福祉栄養士」の7つの協議部会をもち、土居さんは、津山支部の栄養士会の学校健康教育栄養士の代表としても活躍をしていました。

初めは学びにきていた土居さんも、経歴とともにこの栄養士会の「お母さん」、相談相手になっていきました。

進化しつづける料理に栄養士の努力あり

当時の短大での実験の写真
栄養士の仕事として、食事のバランスを考える重要な役割があり、その裏づけとなる成分やカロリー摂取などの栄養計算、栄養評価は必須でした。
おりしも昭和40年代から広がり導入されつつあった電算機やパーソナルコンピュータにより、今までの手作業部分が大きかった栄養計算などが材料で自動計算できるようになってきました。

その便利さは誰しもがわかっているのですが、土居さんは栄養士にとって栄養計算などでコンピュータが必須になることを感じ、がんばって学んだそうです。高専にある電算機室で、大学や高専の先生方の協力のもと、複数月にわたる栄養の集計が簡単に出来るようになったことは忘れられないといいます。コボル(計算機プログラミング言語)で作られ、パンチ穴のカードリーダで計算される栄養量、後にアシストカルクやロータス123にと、おおよそ計算機に詳しい理系の人しか使わなさそうな表計算アプリケーションソフトの名前を出して、当時の苦慮工夫をお話くださいました。

調理器具も変わり、いまや電子機器の最先端の技術で加工、調理される料理。その進化のなかに、健康に配慮し栄養バランスを指導する栄養士のみなさんの先駆的努力があるのです。


「栄養士は光ってなきゃ」

高専の校章の写真
話をしていく中で、いろんな先生のお話、友だちのお話もでました。リコピンの有元先生にお世話になったこと、藤田先生が厳しかったこと、和田先生にわからないことを教えてもらったこと、井上先生、妹尾先生、額田先生、清實先生・・・、思い出しお話されているときの土居さんの目がとても優しかったのが印象的でした。

仕事を離れてからも本学の先生方とも交流があり、美作大学・美作大学短期大学部のことを想っていただいています。

最後に今の栄養士、管理栄養士を目指す学生に一言をお願いしました。

が、学生さんたちは大変な時代の中、とてもがんばっていると慮り(おもんばかり)、私にはいうことはありませんと謙遜されました。

でも最後に、学生のみなさんを勇気付けることばをくださいました。

栄養士は光ってなきゃ

自分のいままでの経験と、学生への応援の気持ちがこもったこの一言。栄養計算できないほどの愛情がたっぷり詰め込まれています。

すてきなお話を、本当にありがとうございました。



(後編おわり)

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